5月9日(日)西へゆかん

働きつづけるかぎり、この呼吸を重くさまたげる重石から自由になるときは来ないのだろうか。山場まであとひと月を切って、今が追い込みの時期だからことさらに忙しいというのはある。いつもいつもこんなふうではない。石はその時々によって大きくなったり小さくなったりする。その石を小さくする技術も多少は身につけたし、実際そのおかげでこのところの忙しさのわりに調子が大きく崩れていない。それでも、そいつは消えることはない。勤めはじめて千三百日ほど、仕事のことを気に留めずに過ごすことのできた日を数えたら、きっと片手の指で足りてしまう。

気付けば二十七歳も半分を過ぎた。明日こそ、今日こそ死のう、と呼吸にひとしく思っていたのはほんの二、三年前のことだ。私はもうとっくに死んでいるはずだった。こんな歳まで生きるつもりではなかった。そのたびに死にそびれて、そのうちに死ぬのはやめたから、今もこうして文章を書いている。ところが、二十五になるところまでしか道を描いていなかったものだから、その先はいまだに途切れたままだ。死ぬのをやめたからといって、自動的にぱっと視界が晴れて進むべき道が見えてくるなんてはずはなかった。自分の未来を引き受ける、と言ったわりには、自分の生命が連綿とこの先も続くことに対する身体感覚が薄いから、私はまだ、自分が遠くない将来死ぬことを前提に日々をやり過ごしているように思う。だからこそ、こんな馬鹿みたいに長過ぎる労働時間にも、カップラーメンと惣菜が中心の質の悪い食事にも耐えることができているのかもしれない。だけど、だって、私は死ぬのをやめたのだ。死ぬのをやめたということは、事故とか病気とかに見舞われないかぎりは未来が続いてゆくということで、未来があるということは、死ぬまで日銭を稼いで生きていかなくてはいけないということだ。ということは、ほかでもない私がこの環境を力づくで変えようとしないかぎり、死ぬまで労働に追われて、幸福のともなわない、腹を満たすだけの食事で命をつないでゆくことになる。それで気がついたら終点でした、なんてね。そんなことのために、死ぬのをやめたんだったか。

このあいだ、たまたま一人暮らしという言葉を変換しそこねて、ひとりぐらし、と開いたままにしてしまったことがあった。見慣れない並びに一瞬意味を捉えそこねて、それから頭のなかで漢字に変換したところで、暮らすと暮れるが同じ字であることに思い至った。ああ暮れてゆくのだな、今この瞬間も陽がかたむくように、暮れているのだな、私のいのちは。そう思った。こんな生活、夜の帳が降りる東の地平線に向かってずんずん歩いているようなものじゃないか。西へ。西へ向かわなくては。

5月6日(木)夏の花の香

連休が終わった。もっと気持ちが腐るかなと思っていたけれど、会議詰めなうえにクライアントからばんばん電話かかってくるわ、メールもチャットも溜まってるわで腐っているような余裕もあんまりなかった。連休明け初日にしては、まあ、頑張ったんじゃないですか。自分でそう思えるのは珍しい。

あいかわらず地獄みたいな国に生きている。安保法制が可決したときのことをおぼえている。大学四年の夏だ。大学院の入試を二週間後に控えていながら、勉強そっちのけで国会議事堂前に向かって、コンビニでネットプリントのポスターを印刷した、夏の日のことをおぼえている。もみくちゃになりながら声を張り上げて、喉が枯れゆく感覚をおぼえている。FIGHT FOR LIBERTYと書かれたA3版のポスターは、今もまだ家にある。道を埋め尽くすひとに圧倒されたことをおぼえている。こんなにも意思を同じくするひとびとがいるならば、あるいは届くかもしれない、と錯覚したことをおぼえている。それだけに、可決の報道におぼえた無力感は凄まじかった。あのときと同じ感覚を、六年経った今もまた味わっている。何も変わらなかった。何も良くならなかった。何も良くなりはしない。どこから絶望すればよいだろう。どこまで絶望すればよいだろう。毎日そう考える。根拠も合理性も持ち合わせない、政治そのものが反主知主義的なふるまいをやめないこの国で、どうすれば希望を持ち続けることができるだろう。目も当てられなくて、怒る気すら削がれる。それではいけないのに。

当時、私の周囲でそのデモに参加していた人間はすくなくなかった。それを弱っちいやつらの遠吠えだと、本気で変えたいと思うならもっと頭をつかえとあざ笑っていたひともいた。彼に対する怒りを、私は今も新鮮に思い出せる(そのひとと親しかったひとが最近になって維新の旗を掲げて政界に入った。なるほど、と思った)。今や、この国全体が彼のような悪意のある蔑みをもって私の希望を奪い取ろうとしてくるように感じる。その思惑通り、もう立ち上がれない、と思ってしまうときもある。でも、今は国会前には行けなくたって、六年前あそこで感じた熱はけっして偽物なんかじゃなかったはずだ。あのとき感じた、私はひとりじゃないのだという気持ちを、私はおぼえている。一緒に怒るひとたちがこんなにもいるんだというのはまちがいなく希望だった。世界にとっては違ったかもしれないけれど、私にとってあのデモはぜったいに無意味なんかじゃなかったのだ。あの時感じた光があるから、私はまだ信じていたい。こんなことをして何になる、と頭の中で響く自分の声を叩き潰しながら、祈りをひそませた怒りの言葉にハッシュタグをそえてインターネットの海に流す。入管法改悪に反対します。国民投票法改正案採決に反対します。

昨日買った食材は冷蔵庫にあったけれど、自炊をする元気はなくて、けっきょく九時過ぎにスーパーに買いに出た。閉店まで一時間弱の店内はいつもの数段閑散としていて、惣菜には割引のシールがたくさん貼られていた。割引シールを貼られても誰の目にも触れることもなく捨てられゆくそれらのことを考えたら、むしょうに泣きたくなった。数年前までは道端に落ちているハンカチやキーホルダーにも泣いてしまうことがあったけれど、それらに対しておぼえるのと同じ類のさみしさが突然押し寄せてきて、あまり直視しないようにしながら適当に目についたサラダだけ買って逃げるように店を出た。

連休のことを書き記しておく。前半は実家に戻っていた。両親と一緒にテレビを観て、母の料理をあてに三人で酒を飲んでいた。ひとりぐらしをはじめてめっきり飲まなくなった私と対照的に、両親はよく食べるしよく飲む。もうすこし死なないでいてくれたらうれしい。

五月一日、親友と食事をした。数年前から酔っ払うたびに冗談のように話していたシェアハウスをする企みについて本格的に相談をした。するならお互いの仕事が一段落する夏以降。そのひととは高校卒業後もつかずはなれずの関係でうまくやってきたから、ひとつ屋根の下で暮らして毎日顔を合わせる仲になったときにどうなってしまうのかが怖くて、まだすこし迷っている。仲悪くなりたくないよねというところは一致している。私は私を信用していない。他者と共同生活を送るに足る人間ではない。

五月二日、夜に元恋人の家に行った。ピザを注文して、届くまでのあいだ、近くの線路沿いのベンチで夜風を浴びながらビールを飲んだ。日本酒とビールとウイスキーを飲んで、ピザを食べながら部屋を暗くしてまどマギを観て、漫画とアニメの話をして眠った。翌朝は七時半に起きて(私も元恋人も超がつく夜型なので、画期的な早起きである)、前の晩に買い込んだ食材でひたすらサンドイッチを作った。ツナと胡瓜の、たまご、ベーコンレタストマト、スモークサーモンとクリームチーズ、ピーナツバターアンドジェリー、生クリームとみかん。それと酒をもって近所の公園に行く。サンドイッチをあほほど作って食べたい、とは元恋人の発案である。三、四時間ほど、草の上で昼寝をしたり、ゲームをしたり、園内を歩き回って花を見つけたりしていた。知り合って七年、交際を終えて四年。交際していた期間は一年にも満たなくて、交際を終えてからの付き合いのほうがずっと長い。大学時代の共通の友人には「おまえら、まだ連絡とるんだ」と驚かれる。よりを戻さないのか、という意味合いを含んだ問いかけに、私が肯定を返すことはない。今後恋愛関係になることはないし、なんならたぶん恋愛関係であったこともない。元恋人のことはずっと何もわからないし、あまりわかろうとも思わない。好きだなと思うものがわずかに重なっているだけの、かぎりなく他人。会話が途切れることはほとんどないけれど、私たちはお互いについて語る言葉をあまりにも持たなさすぎるんだな、と思った。久しぶりに陽光をおもいきり体に浴びて心地よかった。疲れていたらしく、その日帰宅してからはあっという間に眠りに落ちた。

最後の二日は、なんとなく仕事への不安が頭を離れず、気が休まらないまま本を読んだり漫画を読んだりアニメを観たりして終わった。

仕事はあいかわらず借金の利息ばかり返しているみたいで、すこしも息をつけない。祝日だったぶんの仕事量が塵と消えてなくなってくれるわけでもないから、ないほうがましだとも思う。それでも、良い連休ではあった。あと一日越えればまた休日。

夜の匂いがよくて、ひさしぶりに煙草を吸いにベランダに出た。真夜中の公園で悪友たちと花見をしたときにライターを失くしてそのままになっていたから、ひと月ぶりだ。空気にはもう栗の花の青臭さが混じっている。

4月1日(木)

目覚ましが鳴る数分前に目が覚めた。会議がはじまるまでの間に、中村文則『銃』を読み終えた。やっぱり小説の読み方、楽しみ方ってわからないな、と思う。どうしても物語の中身よりも形、文体に意識が持っていかれるからだ。自分だったらどう書くか、という視点を排除できない。自分で文章を書くようになる前はそんなことはなかった気がする。ファンタジーやSFだと自分には書けないことがわかりきっているので素直に楽しめるのだけど、いわゆる純文学に分類されるような作品は、私にとってこの先物語を楽しむものたりえないのかもしれないと思う。すこしさみしい。もっとも、楽しくないわけではないので、これが他人の綴る言葉と私の関わり方なのだろう、と最近は思えるようになりつつある。自分には到底思いつかないであろう言い回しや文章の展開に殴られたような悔しさを覚えるのは気持ちがいい。

八時半から会議。今日は喋りはまあまあ。日中はあまり捗らなかったけれど、夕方に集中したおかげで今日やりたかったことは終わらせることができて、九時には自由の身になった。後輩がひとり、以前から時々会議の無断欠席がある人だったのだけど、最近その頻度が上がっている気がしてちょっと心配だ。在宅だとどうしてもケアがしきれないのが苦しい。私も自分のことで精一杯になってしまっているのもあるし、後輩との距離の詰め方は難しくて、どう会話していいのかわかりかねるところもある。

夕食は惣菜ですませて、三時間近くひたすらアニメを観ていた。Free! 、SK∞、約束のネバーランドを数話ずつ。図書館で本を選ぶときもそうだけど、私は何かを選択するときにほとんど考えない。目の前に並べられた選択肢から、なんとなく食指が動いたものに手をのばす。気まぐれに見えるその行為に、あとからなぜ今の自分がそれに惹かれたのかを見出すほうが好きだ。明確にそれらしい理由が見つかることはあまりないが、自分の気分のバロメータにはなる。殴られたい気持ちのとき、耽美に酔いたいとき、嬉しくなりたいとき、苦しくなりたいとき。Free!を選んだのは、しゃんとしたい気分だったから。3期3話の、オーストラリアでの凛の生活の描写はもうこの先絶対に忘れないであろうシーンのひとつだけど、凛を見ていると背筋が伸びる。ビデオテープならとっくに擦り切れるほど見ているシーンだ。でも今日はなんだかそれだけではもったいない気がして、1期の最初から見た。あいかわらず、心のやわらかいところにさっくりと刺さって、そこからじんわりと痛みが滲んでいくような作品である。ジノもそうだけど、凛も、肩を並べていたいと思う相手だ。胸を張って相対できる存在でありたい、と思う。SK∞は、意図せずFree!に続いて内海紘子監督作品だった。ふだんあまり監督を意識して作品を見ることはないのだけど、なるほど作風というか受け継がれる空気感というのがあるものだな、というのは続けざまに見るとよくわかって、ちょっと新鮮で楽しかった。ランガがスケートボードにのめり込んでいく描写がすごく良かったので、これはもうすこし続きを見てみようと思う。約ネバは5話まで見た。台詞回しが説明的に感じるところがあって、好みかと言われればやっぱり違うけれど、作画とか撮影効果の使い方みたいな視覚的な部分が好きなんだと思う。ふだんから平日にこれくらい栄養を摂取できるようにがんばりたい。

3月31日(水)愛の初心者

三月最終日、らしい。週の真ん中だし、私の会社は年度末が十二月だし、異動があるわけでもないし、私は十月入社だから節目というわけでもないし、新入社員も研修が終わる夏まではかかわりがないし、とにかく私にとって明日は今日の次の日という以上の意味を持つことがない。それでも、春というのは不思議な季節で、何がなくとも浮足立つような気分にさせられてしまうものだ。好きな言葉を綴る人が以前、桜について「享受することよりも過ぎ去ることを先に恐れてしまって、その刹那的な感じに安らぎはない」と評していたのが印象的だったのだけど、春という季節そのものが、やわらかな薄紅の裏にそういう剣呑さを持ち合わせているような気がする。ところで、愛すべき友人のうちには春を嫌う者もあるけれど、私は道端の花々が最も力強く美しいという点において、この季節を愛する。

うららかな陽光に誘われて、出不精の私にしてはめずらしく、昼食の弁当を買いに出るついでに近所をぐるりと散歩した。今日会えたのはカタバミ、トキワハゼ、オニタビラコ、オランダミミナグサ、ツタバウンラン、コハコベ、ハルジオン、オオイヌノフグリ、キュウリグサ、ホトケノザ、セイヨウタンポポ、ハナニラ、ヤハズエンドウ、ヒメオドリコソウ、アメリカフウロ、ハナイバナ、ヒメツルソバ、ツルニチニチソウ、ナズナ、イモカタバミなど。どれもけして珍しい顔ぶれではないけれど、何に出会えるかわからないまま歩いているときに見つけると嬉しい。いささか下世話なたとえだけど、まるで期待せずにガチャを引いてSSRが出たときの気持ちが、数歩ごとに味わえるのである。

昨日、一昨日と仕事は全然だめで、能率も何もあったものではなかったけれど、今日はわりとちゃんと動けた。たぶん、嫌悪が飽和したんだろうと思う。仕事は嫌いだし、それでいい。でも、仕事ができない自分は好きになれない。生産性至上主義を内面化した憐れないきものだなあ、とは思うけれど、さしあたって私が私のことを好きでいるためには、やはり沈み続けているわけにはいかないのだ。それにしても、以前はもうすこしちゃんと仕事が楽しかったのに、いったいどうしてこんなに憎むことになってしまったんだっけな、と考えた。心当たりはいくつかあるけれど、たぶん、知的好奇心が天井を打ったんだろうな、というところに行き着いた。私は飽き性で、新しいものを知ることが好きだから、今仕事として触れる範囲のことはおおかたわかるようになってしまったせいで行き詰まってしまったんだろう。二年目くらいは、もっと楽しかった。社会が動いてゆく仕組みがどんどんわかるようになって、解像度が上がっていくことが楽しかった。そういう、目から鱗が落ちるような、視界が開けてゆくような、そういう類の気持ちよさに飢えている。もうすこし可動域を広げれば、また見えるものが変わって楽しくなるのかな。今度の面談で上司にそこを相談してみてもいいかもしれない。そう考えたらすこし希望が持てた気がして、それで上向いて、ずっと手つかずのままになっていた資料を幾つか続けざまに仕上げた(夜の会議で、昨日までの有様を知っている上司に見せたら驚かれた)。

日が伸びた。私の部屋は東向きだから、昼をすぎれば部屋に光は入らなくなる。空が暗くなるよりも早く部屋の光量が落ちていって、暗くなった室内からふと窓を振り返ったときの空の青さに驚く瞬間が好き。窓を開けていたら、春を通り越して初夏みたいな空気が流れ込んできた。

今日も友人にもらったブレスレットをときおり眺めていた(友人がこれを読むかもしれないことをわかっていてこれを書くのはものすごく恥ずかしいけれど、ラブレターを書くのは今にはじまったことではないし、好きを出し惜しみしても意味はないので)。優しい友人は、身につけるものを贈るのは重いかもしれないけれど、と前置きしてくれたけれど、それを言うならひとりの家で肌身はなさず着けている私もたいがい重たいことになるな、と思っておかしくなった。淡い水色の石を眺めていると、生きたい、という思いがふつりと湧く。

今月、友人らと過ごしたどれもが楽しくていとしい時間だった。私って好きな人がこんなにもいたんだな、と思った。そのいとしさを正面から受け止めたがゆえに、そういえば私は元来友人に対しても愛が極端に重い人間なのであったということもついでに思い出されて、心臓がひゅんと縮んだ。好きが執着にかわるのは容易いし、そのせいで苦しんだことはたくさんあるからだ。このところはそのことを忘れることができてしまうくらいに、淡白な人付き合いしかしてこなかっただけだ。けっきょく、友愛がわからないとのたまってきたのも、わからないふりをしていたほうが楽だったから。けれど、それをわかっていて、私は今友人を友人とよぶことを選んでいる。こわい。きらわれたくない。私の好きが相手の負担になったら申し訳ない。そういう恐怖を引き受けてなお、好きだということを選んでいる。エーリッヒ・フロムは『愛するということ』の中で「理論学習と習練のほかに、どんな技術をマスターするにも必要な第三の要素がある。それは、その技術を習得することが自分にとって究極の関心事にならなければならない、ということである」と述べているけれど、とすれば私は今、ようやく、愛することに目を向けるだけの場所に戻ってこれたのかもしれない。愛の初心者だ。四月を迎えるには悪くない位置づけかもしれない。

3月29日(月)実体の幸福

機嫌がいい。連日の寝不足で体にはかなりがたが来ているけれど、こんなに溌剌としていることも珍しいので、やはり眠りをあとまわしにしてしまう。生活を彩るいとしい記憶を残しておくことのほうが大事だと思うので。とはいえ、なんだか最近めまいの頻度も上がっているのでどこかで立て直さないとまずいかもしれない。

ひと月前から心待ちにしていた土曜日の話。正午少し前に友人と落ち合って、こぢんまりとしたイタリアンのレストランへ。ふたりして熱をあげているゲーム内のキャラクターが営む料理屋のモデルとなったと言われる店である。それだけでも楽しくてはしゃいでしまったけれど、食事がほんとうに美味しくて、それがすごく嬉しかった。食べることは好きだけれど、ひとりで生活してゆく中では優先順位としては下がりがちで、空腹を満たすだけの行為でしかない。だから生命維持行為としての食事ではなく、文化としての食事をきちんと味わうのは久しくて、ずっとそのことに浮かれていた。蛍烏賊とそら豆のカヴァテッリ、春を感じられて嬉しかった。レモンパイとサングリアも頼んだ。どちらもゲームにゆかりの深い顔ぶれ。続けて行った森の中みたいなカフェも、鉱物を愛でつつ菓子と酒が楽しめる店も、もうぜんぶが楽しかった。美味しい食事と酒をかたわらに、心を預ける友人と愛するものについて話す、これに勝る幸福を私は知らない。本心からそう思う。店を出て、桜をひやかして、おたがい原稿がんばりましょうねと笑って別れた。どこか一日をループし続けなくちゃいけないことになったとしたら、この日を選ぶかもしれない。帰宅してからは午前三時くらいまで書いて、どうにか原稿を終わらせた。

日曜、歯医者のために九時過ぎに起きる。よく起きることができたものだと思う。夜のように陽光を遮る分厚い曇天だった。私はこういう曇り空が好きだ。雨が止んでからは、好きだった女の子と会った。会話はとるにたらないことばかりだ。仕事の話とか、アイドルの話とか。カフェに入って、ふらふらデパートの中を歩き回って、またカフェに入って。一緒に何かをすることが目的ではなく、ただ相手に会うことそのものが目的の時間を過ごせる相手は稀有なものだ。彼女といると呼吸をゆるされるような気がする。この人のことを好きだったことが嬉しい。過去形にはしているけれど、今でも恋愛感情がさっぱりないか、と問われたら否だ。好きだった頃も今もかわらずに魅力のある人だから。でも、そんなことはどうだっていい。色恋だなんてものが信用に値しないことを、私は痛いほどよく知っている。それよりは、彼女と私の線が交わり続けていることを宝物みたいに慈しんでいたい。

土曜も日曜も考えうる限りでもっとも幸福な時間の使い方をした分、今日の仕事に対する憎しみはひとしおだった。好きじゃないから、目を逸らして逃げてしまう。そのせいで、結果的に終わりが遠くなって、仕事する時間が伸びる。自分の意志の弱さが招く皮肉な状況にうんざりすることにもいい加減飽きてきた。休日の幸福の残像に焦がれて一日が終わった。食事は無残だった。昼はカップ麺だし、夜はインスタントの粥だけ。買いに行くことすら億劫だった。

とはいえ、そんな日でも悪いことばかりではないもので、筋トレをちゃんとできたことと、人に送る文章にじっくりと向き合う時間がとれたのは良かった。その人のことを考えながら言葉を選ぶという行為は、贈り物をすることに似ている。ゆえに、言葉選びに時間をかけることは、私にとっての誠実さの実現方法のひとつである。この二年弱、対人関係に苦しめられることが多くて(身から出た錆だったとはいえ)、他者と信頼関係を築くことにすっかり臆病になってしまっていたけれど、すこしは停滞を抜けたのかもしれない。

今はちゃんと自分は幸せに値する存在だと思えている気がする。私は私を幸せにしていい。そういうふうに思わせてくれたのは、海へ行く約束をした友人であり、好きだった女の子であり、元恋人であり、大学や高校時代の愛すべき悪友たちである。ずっと「友愛」のことがわからないと思ってきたけれど、これが友愛なんだって先週も今週も考えた。すこし前から、私が友人だと思う人のことをちゃんと友人と呼ぶようにしている。そうすることが愛する覚悟の表明になると思ったから。私は私の生活にまじわる人たちを愛している。今月たくさん人に会ったことは、たぶん今の自分には必要なことだったのだろうと思う。

土曜に友人から貰った推し色の石のブレスレットを時おり電球に翳している。炭酸のような幸福がちりちりと私を喜ばせる。幾度も死を望んできた。過去の自分の苦しさを私は軽視しないし、そのうちのどこかのタイミングで死んでいてもおかしくはなかった。もしそうなっていたとして、私はそのときの自分の選択をゆるすだろう。でも、確かなことは、今の私は、生きていて嬉しいと思っていることで、それがいっときだけのものだとしても、今手に触れることのできる実体の幸福なのだ。

3月25日(木)

気持ちがずっとざわざわしている。仕事がまたじわじわと生活に食い込んできているのと、何も書けないままイベントが迫ってきていることのせいだ。金を稼ぐためにすぎない行為に向上心とか求められることにも参っているんだけど、今はどちらかというと書けないことが思った以上にこたえている。書きたいシーンは断片的に浮かんでくるのに、その前後の物語がさっぱり見えてこない。輪郭が定まらない。霧の中にいるみたいで、怖い。書きたいことが見えてこないというのは、つまり自分の中にある言葉と、感情と、向き合うことができていないということで、その足元の覚束なさに心臓が嫌な逸り方をしている。書きたいのに。書きたいのに、その衝動だけが内側で暴れまわってずたずたになる。ああ、絵が描けたらな、と考えてすぐに嫌になる。だってほんとうに絵が描きたいわけじゃない。私は、文章が、書きたい。望んでもいないことを願ってしまうのは不誠実。一行目さえ書き出せればあとは勝手に頭の中で場面が進んでいくような行き当たりばったりの書き方しかしてこなかったけれど、たぶんそれにわりと限界が来てるんだろうなという気がする。というか、場面を展開させるだけの思考リソースがない感じ。そしてそれは仕事のせい。かといって、プロットをきちんと組み立てるみたいなことをやったこともないので、やろうとしてもできない。

数カ月ぶりの出張だった。新幹線の車窓にちらちらと桜が流れてゆく。春らしくくすんだ晴れ。髪の毛のピンクはあいかわらず鮮やかだし、インダストリアルのピアスもまだ外すとすぐに穴がふさがるから外せない。これで客先で会議するのはなかなか度胸のいることだけど、仕方ないのでそのまま行った。多少目立たないようにするくらいの分別はある。外見で仕事してるわけではないのだからそんなの心底ばかばかしいと思うけれど、それがスタンダードの世界だと知っていながら傍若無人にふるまって自分の評判を落とすことはもっとばかばしいからだ。まずもって黒髪のほうが礼儀正しいとかって高校の地毛証明とかとおんなじで差別的な価値観だと思うし、ド金髪で働くことの何がいけないのか全然わからないしわかりたくもないけど、そういうものに唾吐きながらも適当なバランス感覚でやっていける自分のことはそう嫌いじゃない。これもまたくだらない優越感ではあるけれど。まあ、すこしくらいの奇抜さに目をつむってもらえるくらいには評価されているだろうという自負もある。

といっても、今日の会議はあんまり自分では満足がいかなかった。ファシリテーションが下手になっていた。せっかく久しぶりに対面で会議できたのに、そのメリットを有効に使えなかったような気がする。時間配分もぐだぐだだった。

なんだか、一度休職に近い状態になってからつくづく自分が替えの効く存在であることを思い知らされて(まあその替えは上司とか同僚が命を削って担ってくれてるとはいえ)、ああこれ私がやらなくてもなんとかなっちゃうんだ、って思ってしまったのがずっと気持ちを削いでいる。会議中もぜんぶが自分と関係のない遠い出来事に思えてぜんぜん集中できなくて、そうすべき場面でそうできないことに焦っていたりした。仕事は好きじゃなくてもいいけど、無責任な人間になりたいわけじゃないのにね。

3月11日(木)

ずっと気持ちがざらざらしていて、口から出ていく言葉がぜんぶ、わずかに誰かを傷つけたいという攻撃的な意図をもってしまう。そういうふうにしたいんじゃないのに、なんだか刺々しくて、自分の望まない言葉しか発することができないことに落ち込む。黙っていられればいいんだけど、そうすると今度はその棘が自分の内側で暴れまわりそうで苦しくてつい吐きだしてしまう。それで後悔するんだから馬鹿みたいだ。

鼻炎の薬を切らしたのも最悪だった。耐えきれずに昼休みに薬を買いに行って、夕方になってようやく効きはじめるまではもう思考も何もあったものではなかった。仕事はひたすら飛んでくるメールを打ち返せばいいだけの日だったから良かったけど(それ以外にももちろんあったけど諦めた)、それでも何度か返信の内容を間違えた。

文章を書くことを考えても落ち込むし、仕事は嫌いだし、自分も好きになれなくて、最悪だなあってくさくさしてたところからすこしひっぱりあげてくれたのは好きだった女の子からの連絡だった。ちょうどそのとき新しいメッセージが来たわけでもなんでもなくて、数時間前に送られてきたものをなんとなく読み返して、自分の口元がふっとゆるんでいることに気がついた。ほんとうに他愛のない話だ。花粉がつらいとか、推しの話とか。彼女とやりとりしているとき、自分がほぐれている気がする。彼女はユーモラスでかわいくて楽しくて最高な人で、そしてとても優しい人だ。私は彼女の言葉に痛みをおぼえたことがない。この七面倒な性格の私が、だ。軽快な言葉のうらに、丁寧な気遣いをはりめぐらせているのだろうな、と思う。それにたくさん甘えている自覚もある。それにひきかえ、自分が彼女のことを知らないうちに傷つけていそうで怖い。恋愛というには穏やかになりすぎたけれど、やっぱり大好きだし、大事にしたいと思う。

夜はナイトメアのツアーファイナルを見ていた。今日がライブだというのは知っていたけど、配信もあることに気がついたのは終演してからだったから、数時間遅れで追いかけて見た。3月11日という日は、東北にルーツを持つ彼らにはけっして過去にできない日だ。今日ライブができてよかった、と何度も口にしたYOMIくんの眼差しがまっすぐで胸を打たれた。

彼らを好きになったのは中学生のときだったから、彼らの音楽を聴くときはかならずその頃の記憶がついてまわる。親はまだ厳しかった。暗くなる前に帰宅することというのが門限だったから当然ライブなんか行かせてもらえなかったし、こっそり自分で開けたピアスは、数日も経たないうちに病院に連れて行かれて外されて、すぐに塞がってしまった。それから、気づけば十三、四年が経って、今の私はインダストリアルにピアスを開け、インナーカラーにピンクを入れ、好きな時にライブに行けるようになった。初めてのナイトメアのライブを、門限のために泣きながら途中で抜け出した十四歳の私よ、大人になるのはいいぞ。

良いライブだった。とても良いライブだった。

一週間前の仙台のライブは柩さんの誕生日当日で、咲人さんがそこで「いろんな現場でギターを弾いてきたけれど、あなたと弾くギターがすごく楽しい」と言っていた、という記事を読んだ。VERMILLION.のふたりのギターユニゾンのときにその言葉が頭に浮かんで胸がいっぱいになってしまった。ふたりの旋律が重なる時の美しさはいつだって心が溶けてゆく気がする。

RUKAさんはYOMIくんのトークがツボに入ってけらけら楽しそうに笑っていたし、柩さんは口調も会場を見渡す眼差しも(あんな怖いカラコン入れてるのに)あいかわらずやさしいし、Ni~yaさんはもうほんとうにかっこよくて心臓が苦しいし、YOMIくんもすっごくすっごく楽しそうで、あと瞳にたたえられた光がすごく力強くて、咲人さんのギターはやっぱり今日も大好きだった。みんな楽しそうで嬉しかった。この人たちを見ていると、二十年続けても飽きずに楽しめるものがあるんだなということを教えてもらえる。それを考えるとなんだか元気が出る気がする。

友人と共通の目標を立てる企みについて話して、ちょっとしぼんでいた書く意欲もすこし戻った気がする。昼間あんなに腐っていたのが嘘のように、今は好きな人たちのことを好きで良かったなあと思っている。明日を乗り切れば週末だ。